東北芸術工科大学+京都造形芸術大学 交流プロジェクト
世界銀行東京開発ラーニングセンター

2009年07月15日(Wed)

シンポジウム レポート

7月11日土曜日、六本木にある国立新美術館において、現代美術家 宮島達男さん、放送作家 小山薫堂さんなどを招き、シンポジウム「ウガンダのエイズ孤児、アーティストに出会う」が開催されました。

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本シンポジウムは2部構成になっており、1部では昨年11月からのプログラム「ウガンダのエイズ孤児、アーティストに出会う」の報告を行いました。世界銀行から私、石田と宮島達男さんが登壇し、プログラムの始まりからウガンダでのワークショップの説明をし、またこのプログラムに協力してもらった人々も招き、さまざまな角度からのコメントももらいました。首都カンパラ近郊でエイズ孤児たちのケアをするASHINAGA ウガンダの佐藤康弘さんもテレビ会議システムを通して参加し「劇的な変化はありませんが、彼らには大きな一日だったようです。次はいつやるんだと聞かれました」と、ワークショップをこどもたちが楽しんだことを強調。今回のワークショップ・デザインの発案に参加してくれた東北芸術工科大学京都造形芸術大学の学生たちもシンポジウムに参加しました。

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代表で4人がプログラムに参加した動機や参加して思ったことなどを、静かでしたが熱く述べてくれました。東北芸術工科大学の近藤さんは「始めは孤児たちをも芸術の材料にするようなものかと思った。でもやっても、やらなくても、そんなことは言えるから、とにかくやってみようと思った」。また京都造形芸術大学の富田さんは「ウガンダのことなど考えずに、有名な宮島さんのワークショップに参加できると思って参加した。自分たちでそのワークショップを考えるとは」と自分たちの感想を素直に語ってくれました。プログラムを通して言えることですが、学生たちの純粋な気持ちの動きがプログラムを豊かなものとし、芸術の可能性を広げていくものになるのではないかと希望を与えてくれました。他にもウガンダのワークショップに協力してもらった元青年海外協力隊隊員の工藤貴史さん、11月の勉強会でウガンダ北部の事情について語ってもらった桜木奈央子さんにも語ってもらいました。

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2部では映画『おくりびと』の脚本家で知られる小山薫堂さん、「100万人のキャンドルナイト」など、エコな活動でしられるマエキタミヤコさん、そして私の同僚である世界銀行広報担当官の大森功一がパネリストとなり、アートやデザインが世界の問題解決にどう貢献できるのかについて討論しました。
小山さんとマエキタさんは、物事をデザインすることでどのような結果を生んだのか、自身の仕事を例に取り、紹介しました。大森は大きな問題である人口増大がどのように解決されるのか、と「アートとデザインに何ができるのか」という命題に対して問題を投げかけました。議論の後半では、ウガンダのワークショップで使用したシートやシルエットを取る方法がどのように応用できるのか、という話になり「シートと絵の具をキットで販売し、かばん会社との提携のもと、描かれたシートをかばんにしてもらえばいい」と具体的なアイディアが小山さんから提案されました。

会場にはウガンダの子供たちと日本の子供たちが作ったシルエットの作品を飾り、当日来ていただいた約250人のお客さんにも見てもらいました。

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●1部2部ともにビデオ収録しています。こちらをクリックしてください。

石田俊輔(世界銀行 東京開発ラーニングセンター

ishida 18時29分   パーマリンク

2009年07月06日(Mon)

ウガンダ・ラカイの孤児院に従事していた工藤さん レポート

いよいよ今週土曜日11日にシンポジウムがありますが、プログラムの時間が限られているため、カバーしきれないところも出てきます。そこでそんな情報をみなさんに公表したく、今月22日に4月までウガンダのラカイ県にある孤児院で、青年海外協力隊隊員として従事していた工藤貴史さんをお呼びして「孤児院の一日」について話してもらいました。
今年1月に開かれたワークショップでは、工藤さんの働いていた孤児院から15名の子どもたちが参加してくれました。ワークショップが開かれたのは「ナンサナ」という首都から車で30分ほどのところ。そんな都会へ、ウガンダの西の外れからきた子どもたちの興奮についても聞いていただきたいと思います。「ウガンダの子どもたち」と言っても、彼らの状況はまるで違うのです。

工藤さんのお話はこちらのビデオから


石田俊輔(世界銀行 東京開発ラーニングセンター)

ishida 23時30分   パーマリンク

2009年06月24日(Wed)

桜木奈央子さん レポート

昨年暮れに、世界銀行東京開発ラーニングセンターでのテレビ会議を通じて、本学と京都造形芸術大学の学生たちのための勉強会にゲストとして出演してくださった桜木奈央子さんが、ご自身のホームページでもご紹介くださいました。
http://sakuraginaoko.com/letters/

桜木さんは大学在学中に内戦中のウガンダ北部を訪れ写真を撮り始め、全国各地で写真展・講演会を開催したり、NGO現地コーディネーターとして活動されています。とても素敵なホームページで、ウガンダの風土、人々の魅力が美しく伝わってくる写真がたくさん掲載されています。ワークショップ中は学生も私も、ウガンダのこどもたちに何ができるのか、できないのではないかと迷ったとき、この桜木さんが撮影したウガンダの圧倒的な美しさや、桜木さんからのことばに、関わってみる勇気をもらいました。ぜひご覧ください。


樋口雅子 東北芸術工科大学 広報室

管理者 12時36分   パーマリンク

2009年06月01日(Mon)

7/11[sat] 国立新美術館でシンポジウムを開催します。 お知らせ

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こんにちは、世銀東京開発ラーニングセンター石田です。
とうとう「ウガンダのエイズ孤児、アーティストに出会う」が最終章を迎えることとなりました。
みなさんとプログラムでの活動を振り返り、そして芸術がどう世界の問題に立ち向かうことができるのか、そんなことを考えてみたいと思います。
シンポジウム一部では、今までプログラムの中心となり、活動の原動力になっていただいた宮島達男さん、ワークショップを原案から作り上げた東北芸術工科大学と京都造形芸術大学の学生さんたち、ウガンダでのワークショップにご協力いただいたNGO ASHINAGAウガンダの佐藤さんが登壇し、今回のプログラムから感じられたことについて語っていただきます。
また、未来を見据えた二部のパネルディスカッションでは、アイディアの宝庫のお二人 小山薫堂さんとマエキタミヤコさんを迎え、新しい視点から芸術のできる貢献を考えていきます。加えパネラーの一人として同僚の大森も参加いたします。業界の枠を取り払った、全く新しい何かが生まれることを期待して。
パネルディスカッション終了後は自由に各パネラーと話ができる時間を設けています。車座になり段差のない話をしていただけます。

シンポジウムには定員がありますので、お早めにHPからお申し込みください。



◎シンポジウム「ウガンダのエイズ孤児、アーティストに出会う」

期日:2009年7月11日(土)
時間:13:30〜17:00 
会場:国立新美術館 3階講堂
定員:250名 
参加:無料
参加方法:要事前申込み→こちらをご覧ください。
ゲスト:小山薫堂、マエキタミヤコ、大森功一、宮島達男
主催:国立新美術館、東北芸術工科大学、世界銀行 東京開発ラーニングセンター
特別協賛:京都造形芸術大学

[東北芸術工科大学HPでの紹介ページ]
http://www.tuad.ac.jp/newsevents/headline/newpage_20090601_085845/


[国立新美術館での案内ページ]
http://www.nact.jp/release/20090525.html


管理者 16時06分   パーマリンク

2009年05月27日(Wed)

茂木健一郎+宮島達男トークライブ 茂木×宮島トークライブ

4月29日にメディアテークで開催いたしましたトークライブの内容を以下に掲載いたしました。『他者の痛みを分かる「想像力」と、困難な問題を解決していく「創造力」―が社会を変革する』と唱え、本学の教育改革に取り組む現代美術家・宮島達男副学長と、脳科学者・茂木健一郎氏が、人が潜在的に持つクリエイティビティがなぜ今、必要とされるのか、さらに、現代社会にどう活かしていくべきかを語り合いました。当日、会場には、500名以上の方にご来場いただきました。芸術家ばかりではなく、人々が日常の中で発揮する創造性が、世界の問題を解決していく可能性につながることを語っていただきました。長文になっていますがぜひご覧ください。

アートが世界にできること
茂木健一郎+宮島達男トークライブ
2009年4月29日 
せんだいメディアテーク



◎アートが世界にできることというテーマについて

宮島:高校生の時に、芥川龍之介の「地獄變」を読みました。江戸時代の屏風絵師の良秀が、大殿様に呼ばれて地獄の絵を描けと言われ、ただ一つ描けないものがあると大殿様に申し出て実際に見せてもらうという話です。大殿様のお城の庭で牛車に女性が乗せられてこの世のものと思えない程に悶え苦しみ燃えている様子を実際に観るのですが、燃えていたのは自分の娘だった。それに良秀は途中で気がつくのですが、燃えている自分の娘をじっとみつめて記憶にたたき込み、最終的には見事な絵を完成させて大殿様に献上し、後生に残る作品を完成させました。しかし後日、良秀は最終的に自殺したという、いわば、芸術至上主義的な物語です。私は高校時代に、先生に「これを読んでどう思うか宮島くん。アートが大事か、娘が大事か。」と言われて返事ができなかった経験がありました。今でもその究極の葛藤を、心の中で考え続けています。

また、サルトルの言葉に「芸術はアフリカの飢えたこどもを救うことができるのか」とあり、私の中でもう一つの大事なテーマとして、この大学でもそうした問題をテーマに芸術教育を行っています。先日ウガンダに行ってきたのですが、ウガンダはエイズ発症の地とされ、多くの人が亡くなり孤児がたくさんいますが、その孤児を養う施設で、「芸術に何ができるのか」というテーマで学生が考えたワークショップをこどもたちと行ってきました。参加者の中にはエイズを発症している子もいて、最初に会ったときは表情が非常に暗かった。彼らは普段、読み書きは教わっていますが、芸術はある意味で豊かでないとできない環境なためそこまで手が回らない。はじめは、絵具に触ったこともないので恐る恐る描きはじめました。でも完成する頃には、自己実現によって自信に満ちあふれた子どもたちの姿がありました。そうした経験を通じて、改めて芸術の可能性を考えさせられました。
茂木さんは、「芸術」という大きなくくりの中での可能性をどのように考えておられますか?

茂木:私も東京芸術大学で授業を持っていてアーティストの卵たちといろいろ話し合うのですが、アートがともすると生活の必要から離れ道楽や趣味ととらえがちですが、実は私たちが生きることと結びつく表現行為だと思います。

宮島:アートには想像力/創造力を涵養する力があると思っています。ルソーは、「想像力の究極は他人の苦しみや悲しみを想像する力」としています。そしてもう一つの創造力は、難しい問題や袋小路に入った問題の突破口を考える力のことだと思うのです。とすれば、それを表現に結びつける人もいるし、一般職に発揮することもできると思います。
茂木さんの番組で感動するのは、一般の方々の努力と才能、そしてものすごい創造性を持って仕事をされていることです。そういう事は普通の人にはできないことなのでしょうか。

茂木:たとえば、この建物を設計した伊藤豊雄さんは感性と直感力がすごい方で、伊藤さんがスケッチで描くマルは、普通の人では描けないマルです。構造計算を丹念にするというより、普通では思いつかない空間配列の生かし方をされます。これからの日本は感性を大切にしないと先に進めない。でもそれは、かっこつきの「アート」だけの中だけでなく、イマジネーションやクリエイティビティは普通の仕事でこそ生かされていくと思うのです。それは良く考えればあたりまえのことですよね。

宮島:この前、新聞で読んだのですが、『R25』という雑誌の編集長のインタビュー記事に、「今の若者がバカだと言われている。しかし、今までの教育というものが、アートというものをどんどん後回しにして、いわゆる利潤追求型の資本主義教育が行われている。今の若者はセンシティブに世界の問題にアクセスできる環境にあるので、このままの教育でいいのだろうかと思っている」というのです。仕事をしながら学ぶスキルアップの場は派遣社員だとなかなか得られない状況もあります。だとすると、自分自身が創造性を持ち、センシティブな力を使って生き抜くしかないと思うのです。

本学では今年から、放送作家の小山薫堂さんを学科長に招き、企画構想学科という新しい学科をつくりました。企画やアイディアで人を幸せするために存在するデザインがあるはずだという趣旨の学科です。デザインとアートは、表現と結びつけて新しいものを生み出さなくてはいけないということにどうしても傾きます。でも培われたイマジネーションやクリエイティビティで、八百屋さんを大繁盛させるとか、新しい漁法を開発するとかいくらでもできる。特にお役所のようなところにクリエイティビティは必要。そうした場でイマジネーションが発揮されたとき、世界が変わるのではないかと思います。

茂木:資本主義の中では、農業とか漁業とかの職業より、たとえば○○銀行のほうが素敵な職業だと思いがち。でも今、かつてのヒエラルキーにおける成功が音をたてて崩れ始めていると思います。従来のような絵に描いた成功物語が、若者の心をとらえられなくなっている。例えば、シャネルの5番に使う特別な香料の花を栽培している畑では、畑の維持のために高度な専門技術がいりますが、フランスの若者の間ではその畑に関わることが素敵な職業として認知されていたりします。

宮島:ただのお金儲けではなく、人に役に立つことに価値を見出し、自分が誇りを持てる職業、たとえばNPO やNGOなどをたちあげビジネス化するモデルも少しずつできています。自分が儲かればいいという世界観ではない若者がたくさん出てきています。そのときに武器になるのは、想像力/創造力というキーワードのような気がします。

◎今後の世界について

茂木:この10年20年の今後の世界の変化で、鍵となるのは何だと思われますか?

宮島:―人ひとりが自分の想像性/創造性に気がついていくことだと思います。それに気がついてチャンネルをひねれば、どれだけ世界が変わるかと思うのです。ルソーは「想像力の究極は他者の痛みを感じること」としていますが、もし、他者の痛みを想像できたら、戦争もおこらないしこどもも殺さない。そして地雷も埋めないのではないかと思います。

茂木:脳科学では鏡を使った研究も随分されているのですが、鏡の中のイメージが「自分」だとわかる動物は、人間、チンパンジー、オランウータン、シャチとイルカ、そしてゴリラ、カササギもできるという報告もあります。それらの動物の共通点は、宮島さんがおっしゃった「他者の痛みがわかる」ことらしいのです。脳科学で今お伝えできる素晴らしい真理は、「他者の痛みがわかる」ことと「自分が自分である」との関係がわかってきたことです。他人の痛みが分かる人は、自分自身のことがよりよく理解できるということなのです。例えば、こどもを殺してしまうのは本当にかわいそうなことだけれども、ある意味加害者の側も非常に不幸。人間として生まれた以上、自分が何者なのか見つめながら生きることは一番すばらしいことだと思うのですが、彼らはそれがわからないのかもしれません。

◎アートの源

茂木:宮島さんが、高校のときに「地獄變」の物語を読まれて、自分の娘とアートとどちらを選びますか?と言われて「わからなかった」とこたえたそうですが、普通の人は、「娘を選ぶ」と言うと思うのです。ここに宮島さんの狂気というかアーティストとしての素質があると思うのです。そのときの自分を振り返られて、どう思われますか?

宮島:今もそのこたえを求め続けていますが、アートは、非常に長い期間、人を覚醒させることができますから、傑作を残すことは後世の人に対しても有益なことでもあると思うのです。たとえば、サルトルの「アフリカの飢えたこどもたちをアートで救えるのか」ということも、全然違うファクターを同じ土俵に並べることは究極の選択だと思うのです。どちらかが正しいのかではなく、考え続けていくことこそ大切で、そこで手放してしまったら、僕は今きっと作品を作っていないと思います。

茂木:宮島さんの作品を見たとき、今おっしゃったことが作品をつくるクリエイティビティの源だということは、普通、想像できない。でも、今のことが作品の動機づけで、そこから作品まで昇華していくんですね。キリストの受難の象徴が十字架という形になり意味を持ち続け、2000年後の我々の心の支えになっているように、非常に長い間にわたり人を感化し続けるという意味では、アートにもそうした永遠の生命があると思います。

宮島:アート的な感性や創造性は、一般の人がなかなか気づかない部分があります。チャンネルがなければ受信できないように、モナリザの絵をみてもその人の中にある感動の受信機が震えなければ感動できないものだと思うのです。だとすれば、必ず人にはそういうものがあるはずです。
茂木先生にひとつ質問したいのは、本来持っているそうしたチャンネルがいつから忘れられてしまうのかということです。

茂木:例えば、こどもはある意味大変受難をしている存在で、おなかがすいたりおむつが濡れたりしても自分ではどうすることもできない。でも「受難」をしているから「情熱」もあると言えるのです。「受難」と「情熱」は英語では同じ「パッション」という言葉。こどもの「情熱」は、「受難」からきていると思うのです。また、すぐれた表現者も「受難」をし続けていると思います。「受難」は一つの才能です。大人になって「私は〜である」と思って安心してしまうことは、実は感性が閉じてしまうこと。自分が何者であるかわからないこどもは、不安があるからこそ、揺らぐし、揺らぐからこそ学ぶ。子どもの絵は天真爛漫だといいますが、その背後には存在論的不安や「受難」があるのだと思います。だから安心することが、創造性から離れてしまう一つの要因だと思います。

◎アートはすべての人の心の中に

茂木:存在自体が優れたアートは、地位や名誉に関係無く人を幸せにできるのではないかと思います。

宮島:僕が近年考えていることですが、アート作品というのは単なる物質でしかなく、それを通じて、自分の中のアートを見ているのだと思います。だから本当は観る人がすばらしい。アート作品は単なるトリガーで、それを見た人が自分の中のアートに気がついて感動しているわけです。

茂木:この世でもっとも美しいものは人の心の中にあるとよく言いますが、ある作品を見たときに感じる美しさやすがすがしさ、ふくよかな気持ちは、最初から自分の心の中にあったものだということですね。もともと自分の心の中に潜在していないものは、生まれようがないものなのですね。

宮島:僕は、Art in Youということをよく言います。これはその実験なのですが、一つのアート作品をいろんなシチュエーションで観てください。嬉しい時や悲しい時、時間をずらしたり、天気の違うときなどで自分の心の状態が代わり、きっと変わってみえると思います。
僕も、ブリジストン美術館で過去にセザンヌの絵を見て泣いたことがあります。たまたまセンスィティブになっている時だったと思います。何故かはわからないのですが、セザンヌが細くて何回もなぞっている線や描きなおしている線に「なぜそこまでやらなくてはならないんだろう」と思った時にわーっと泣けてきたんです。

茂木:この世での最高の体験の一つは、借りモノの涙ではなく自分だけの涙を流すことだと思います。自分の人生の中でその時にしか訪れない涙がある。宮島さんがブリジストンのセザンヌの絵を見たときに起こったのは、その時にだけ頭の中のジグソーパズルがカチッとはまったからだと思います。

◎わたしから世界へつながること

茂木:僕、宮島さんの声とか好きなんです。言葉というのは音楽の側面があって、そういう意味で実はみんな音楽家です。声のトーンやリズムや声質で、その人の言うことが心に入ってこなかったりするときってあるでしょう?
自分の中に浮かぶことの中で何を人に伝えるかは、アーティストとして大事なこと。宮島さんでも暗黒の部分はあるけど、それを全部出すのは間違っている。ありとあらゆるものの中で何を選択するのかが聖なる選択ですから、言葉を発している時点でアーティストであると思うのです。

宮島:いろんなレクチャーをさせていただいた中で、「自分は世界を変える才能がなくて何もできない」という質問者に対して。「朝、起きたらお父さんやお母さん、近所の人におはようっていえば、人の心をいい気持ちにさせることができる。そうした連鎖が世界を変えてくことにつながるんじゃない?」って言うんです。僕は今、52歳ですが、最近、小学校のこどもたちの声を聞くとダメなんです。こどもの声は雑音がなくて命そのもののバイブレーション。それが音叉になって泣いちゃう。

茂木:子どもが目を輝かせて何かを見ているときってすごいですよね。私たちはそんな気持ちを忘れている。子どもが面白いものを見つけたときに突進していく感じ。そこに我々の生きてきた軌跡の原点があると思います。

◎学生に伝えたいこと

茂木:東北芸術工科大学の副学長のお仕事というのは、どんなことをされるのですか?

宮島:今、副学長として、デッザンや芸術平和学を教えています。芸術平和学は、世界の問題をどんな風に表現者として活かしていくか。クリエイターとして、世界問題を敏感に観じて受け入れて、自分の中で分析をしながら何を表現していくのかを考えています。今、めざしているのは、授業はアートだということです。感動しないと人には伝わらない。自分が感動していないと、学生には伝わらないし届かない。自分が感動できる、そして授業が感動できる。そうしたら、学生たちにいろんなことを伝えられるのではないかと思っています。

管理者 17時40分   パーマリンク

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