芸術が好きな理由
2010.10.26
ミサワクラスのウェブも終了になり、個人のブログも最終回です。考えていることを文字に置き換えるということは、論理的に整理できてよいです。これからも日記でもつけるべきでしょう。
雑誌「Esquire」の最終号の記事のなかで、アメリカのアクティビストのエイヴラム・ノーム・チョムスキーに対しての批評で以下の文があった。
チョムスキーは当たり前のこととして扱われているアメリカや世界の現状を疑い、自分で探求することの大切さを知らせてくれる。だが、他人に向かってこうせよ、と諭すような教条的な態度はとらない。その淡々とした説明を受けて、我々がチョムスキーから受け継ぐべきなのは、彼のイデオロギーはともかく、物事を自立的に判断し批判する精神なのではないだろうか。
僕はこれを読んだとき、まさに芸術もそうあるべきだと思った。
芸術のすばらしいところは、考えが思想やプロパガンダにならないで、強い影響力があるところではないか。美術でも文学でも、音楽でも、映画でもよい作品は人生や歴史がちゃんと現れてるんだな。
思想的なってしまうと他の価値観を認められない部分がでてくる。でも芸術はもっと大らか。今の時代だったら芸術で誰かを傷つけることはない。
芸術のそんなところが好きです。自分のなかで探求心が失われないうちは、続けていくつもりです。
芸術はジャンルを問わず名作が沢山あります。私たちもそこから学んでいきたいものですね。
Posted by 管理者 at 00:23 パーマリンク
<インド旅行>
2010.07.25
海外旅行に行きたい。
学生のときにインドに行ったことは重要な体験だった。インドは民族宗教のヒンドゥー教で、生まれたときから、神様を信じている。民族宗教なので、ヒンドゥー教から他の宗教へ改宗することはできるが、他の国の人がヒンドゥー教に改宗することはできない。
人を騙すことを何も悪いなんて思っていないのに、やたら信神深い。日本の倫理観からするとすごい矛盾をもっているようにみえるけど、インドはその矛盾を許容できるふところがある。
インドの寺院なども巡ったことには特になにも感じなかったけど、人間には圧倒された。貧しいことは当たり前だから、なんでもやっちゃうし、すぐ話しかけてくるし、恥ずかしさなんて感じていない。生きるってこういうことなんじゃないかと思った。良いこと悪いことを同時に持ちながら、エネルギーに満ちている。すごくよかった。
貧乏が貧しいことではないのだ。歴史はいつだって貧乏だったじゃないか。
日本は島国だから、日本の国境を超えるということが普段なかなか難しい。
だからニュースで世界でなにが起こってようが、自分には関係ないんだって思うことができる。
でも実際に行って体験すると、それは真実になって、世界が点から線になって、だんだん地図ができてくる。
僕たちが生きている世界は虚構なんかじゃない。
Posted by 管理者 at 22:33 パーマリンク
自己編集
2010.07.05
大学院のときの作品
大学院生のときに『自己編集するな』と助言されたことがあるけれど、それは間違いだと思うようになる。
学生時代には自分の引き出しを増やすような制作方法は許されるけれど、学生ではなくなると、自分の能力を常にコントロールできなくちゃいけない。
未知を未知のまま残そうとする働きだって自己編集なのだ。
Posted by 管理者 at 12:33 パーマリンク
作家の骨
2010.06.18
絵を描きながら生活をしていると、展覧会の予定がないこととか、金銭的に裕福でないこととか、自分が何者にもなれないまま終わってしまうんじゃないかっていう不安はいつも近くにある。
でもそういうときこそ、もっと価値のあるものを探そうと考えるようになるし、今の自分がいかに駄目かという証明のようなもの。
そんななかで、夜制作を終えて、次の日作業場に来ると、描いた絵の一部から新しいものを発見する。今までの作品の中には現れなかったものを見つけると、一人で大喜びして、不安なんてなくなってしまう。(でも時間が経つと勘違いだと思い直すことがほとんどだけど)
それは<あなたはまだ絵を描いていてもいいんだよ>って言われている気分。
それがものづくりの特権、作家の骨。
Posted by 管理者 at 15:22 パーマリンク
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